最首悟さんについて

先日、最首悟さんが亡くなったという記事を読みました。

最首さんは社会学者、思想家、和光大学名誉教授として、いろいろな分野でご活躍された方です。

私との出会いは30年前の朝日新聞の連載で、ダウン症で重度の知的障がい・自傷も激しかった四女の星子さんとの日々を綴られていた内容でした。

父親である最首さんが、4人目の子どもとして星子さんが生まれた時に「この子のために自分は生きていける」と思ったというエピソードに、

私は当時すごい感動を覚えました。何のために自分は生かされているのかという迷いから、生きる理由がはっきりと見えたということです。

最首さんは横浜でコーヒーの焙煎店を始め、社会を変える力になりたい、地域で障がいのある方が認められるお店を作りたいと活動されていました。

私はその思いに触れ、最首さんに会いに行き、奥さまや星子さんにお会いしてお話を伺い、

私もやりたいという気持ちが湧き出して、そのお店を見学して研修を受けさせていただいて

久喜で珈琲の焙煎屋を始めたという経緯があります。障がいのある人を支援するだけでなく、寄り添うだけでなく、

社会を変えて、理解者を増やすことが、とても大切であり、

困難を抱える彼らが生き生きと生きる道は開けないという思いに至ったからです。

最首さんがいらっしゃって活動されていることが私にとっての嬉しさであり、張り合いでもあったので、

新聞での訃報を見て非常に心を揺さぶられました。

これからの私たちも、良い支援を重ねながら多くの地域の皆さんに彼らのことを知ってもらい、

「障がいのある人も生きていきやすい社会」は誰にとっても優しい社会であることを伝えながら

行動していきたいと改めて思っています。

最首悟先生への感謝とご冥福をお祈りいたします。

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